保守系の評論家・西部邁氏が多摩川で入水自殺。「朝まで生テレビ」に多数回出演。

西部邁氏、多摩川で入水自殺

21日午前6時40分ごろ、東京都大田区田園調布5丁目の多摩川河川敷から「川に飛び込んだ人がいる」と110番がありました。田園調布署によると、飛び込んだのは元東大教授で保守系評論家の西部邁(にしべ・すすむ)さん(78)で、搬送先の病院で死亡が確認されました。
河川敷に遺書が残されており、自殺とみられています。駆け付けた署員が救出した際には既に意識がなく、溺死の状態ということです。

西部邁の経歴・学究時代

北海道山越郡の漁師町・長万部町に生まれ。
札幌市立柏中学校、北海道札幌南高等学校をへて、東京大学経済学部入学。
在学中は、全学連中央執行委員として60年安保闘争に参加し、学生運動の指揮を執りました。
1988年、中沢新一を東京大学教養学部助教授に推薦したところ、委員会では通ったものの教授会の採決で否決されます。これに抗議して同年3月、東京大学を辞職。
このとき西部を支持したメンバーには、そうそうたる顔ぶれが並びます。
蓮實重彦、村上陽一郎、舛添要一、松原隆一郎
反対派は、船曳建夫、見田宗介といった社会学部の教官でした。
経済学者としての業績は、ケインズとヴェブレンの研究で評価され、『経済倫理学序説』で83年に吉野作造賞を受賞しています。

西部邁の経歴・マスコミ時代

最初に一般に認知されたのは、テレビ朝日系の深夜討論番組「朝まで生テレビ」に、右派の論客としての出演でした。辞職直後の88年より03年までの間に、61回の出演を数えます。
90年代後半には、西尾幹二らの「新しい歴史教科書をつくる会」参加。
02年には、小林よしのり氏とともに脱退しています。
06頃には、小林氏とも袂を分かつことになります、
14年、妻死去。奇しくも保守派の仇敵江藤淳と同じ境遇を迎えることに。

西部邁最近の活動

最近では、17年12月、新著「保守の真髄 老酔狂で語る文明の紊乱 」(講談社現代新書)を出版。
今年1月20日放映の東京MXテレビ「西部邁ゼミナール」で「『言論をめぐって』 西部邁ゼミナール長による特別講義【1】」と題した番組に出演したばかりでした。

西部氏が高く評価する日本人として挙げているのは、現代では以下の人々です。
坂口安吾、福田恆存、三島由紀夫、色川武大、立川談志、唐牛健太郎

西部邁の名著『友情』

西部さんの印象を一変させたのは、05年に出版された自伝的長篇小説『友情』でした。
焼身自殺か入水自殺かすら判別のつかない自死状態で発見された、暴力団組員・海野治夫との四十五に渡る交友録です。
ふたりの出身の柏中学には、もうひとりのヤクザの同期生がいました。彼もまた豊平川の橋の下でピストル自殺しています。
山本周五郎の「さぶ」の陰画を見るようでもあります。
室生犀星は随筆作品の中で、こう綴っていたことがあります。
「原稿を書いていて行き詰まったときには頭の中に鰯一匹いない」
西部さんの頭の中には、「鰯一匹」いなくなってしまったのかもしれません。
あれほど罵倒していた、江藤淳の妻への後追い自殺の記憶も消え去っていたのでしょう。
そして自ずと、足は橋へと向かったのかもしれません。

Twitter上には、各界の著名人の熱の入った追悼が並びます

https://platform.twitter.com/widgets.js

https://platform.twitter.com/widgets.js

https://platform.twitter.com/widgets.js

https://platform.twitter.com/widgets.js

https://platform.twitter.com/widgets.js