フジモリ元ペルー大統領が再び体調悪化し、入院 恩赦の行方は不透明

収容先の警察施設から病院へ搬送、大統領罷免決議否決直後

在任中の人権侵害事件などで禁錮25年の刑に服している南米ペルーのフジモリ元大統領(79)が12月23日、体調不良を訴え、収容先の首都リマ郊外の警察施設から市内の病院に搬送されました。地元メディアが伝えています。主治医のアギナガ元保健相によりますと、不整脈のため血圧が低下したのが原因とのことです。

10年以上にわたり身柄を拘束されている元大統領は近年健康状態が悪化しています。フジモリ氏は舌がんの手術を過去6回受け、腰椎ヘルニアや高血圧など数々の持病を抱えており、ここ最近入退院を繰り返しています。

ペルーではフジモリ元大統領をめぐって、クチンスキ大統領が「フジモリ氏であろうと誰であろうと、収監されている高齢者の健康状態は注意深く見守っている。もう一人の(獄死した元大統領)レギアは出したくない」と述べ、年内の恩赦を強く示唆していました。

そして、21日にフジモリ元大統領からクチンスキ大統領に対し、恩赦または刑期の短縮を正式申請していました。

しかし、国会で過半数の議席を占めるフジモリ派が同じく21日に、汚職疑惑に絡みクチンスキ大統領の罷免決議を提出し、同日行われた採決で、辛くもクチンスキ大統領の罷免可決は免れていました

このクチンスキ大統領罷免決議の際にフジモリ氏の次男ケンジ議員が、政権による父親の恩赦を条件に仲間と共に棄権したとの見方が広がり、フジモリ派の議員からも批判が噴出しました。アギナガ氏によるとフジモリ氏は心痛のため体調を崩したそうです。

クチンスキ大統領の罷免決議は否決されたものの、クチンスキ大統領が態度を硬化させる可能性もあり、恩赦の行方は不透明になっています。

フジモリ元大統領の家族は、2012年にもウマラ前大統領に恩赦を申請しましたが、「健康状態は深刻な状態ではない」などとして却下されていました。

フジモリ氏は、ペルーの大統領(1990年7月~2000年11月)として、第1期ガルシア政権(1985~90年)下で崩壊したペルー経済を再建しました。96年12月に発生したリマの日本大使公邸占拠事件では、翌年4月特殊部隊の突入を敢行し、ペルー人犠牲者を出しながらも邦人人質全員の救出に成功していました。

2000年にフジモリ氏による側近の不正疑惑が発覚し。同年11月、訪問先の日本で辞意を表明、事実上の亡命生活に入りました。2005年11月突然チリに出国しましたが拘束され、2007年9月ペルーに引き渡されました。

フジモリ氏は、2009年に在任中の市民虐殺事件で殺人罪などに問われ、ペルーの最高裁から禁固25年の有罪判決が言い渡されました。近年は健康悪化で入退院を繰り返しています。

フジモリ氏は、1938年7月28日リマ生まれで、両親は熊本県出身、日本とペルーの二重国籍を持っています。

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