ふざけて肛門に空気を注入して死亡させる 同僚逮捕

見出しを何度か見直して目を疑った後に、空いた口がふさがらなくなってしまう事件が発生しています。

17日、埼玉県警杉戸署の発表によると、杉戸町の産業廃棄物処理業「エコシス埼玉」社員の神崎利宏(47)と、ペルー国籍の仲本トミー(36)の両容疑者を傷害致死容疑で逮捕した、ということです。
2人は16日昼、共謀して同僚の小口義之(44)さんを押さえ込み、工業用のエアーコンプレッサーで小口さんの肛門に空気を注入し、死亡させた疑いが持たれています。
事件発生時は休憩時間で、3人は銘々に作業服についほこりを落とすのにエアーコンプレッサーを使っていました。普段からふざけ合う習慣のあった3人は、互いに顔や臀部に空気をかけ合っているうちに、悪ふざけがエスカレートして、小口さんを押さえ込み服の上から空気を当てていたところ肛門に入ってしまった、と供述しています。

なんだか「電撃ネットワーク」や「体当たり芸人」がやりそうなパフォーマンスです。
大人の皮を被った子供なのか?大人が子供ごっこをしているのか?と、考え出したら眠れなくなりそうです。
カエルの口や肛門に爆竹を詰めて爆破したり、トイレット博士の七年殺しだとか、フロイトの言う肛門期だとか、小学校の低学年あたりには多かれ少なかれ誰しも身に覚えのあることでしょう。
しかし、それを大人になってまでは続ける人はいないでしょう。
昨日までは楽しかったことが、今日は恥ずかしいというのが成長というものですから。

自分が大人になって気がつくのは、電車通学を始めたばかりと思しき男子中高生が仲間内でじゃれあって、小突き合っているのを、冷めた目で見ている同年代の女子という光景です。いつまでも子供の延長を続けようとする男の子と、理知的な冷めた視線を獲得しようとしている女の子との成長のギャップに驚かされるのです。
それでもいつかは男の子も、知らず知らずのうちに大人になってしまうのです。
なにか、情緒的な成長を阻害するシステムでもあるのでしょうか?気にかかるところです。

悪ふざけでもして息抜きをしなければやりきれない苛酷な労働が、理知的な行動を阻害してるという側面もあるでしょう。
高級官僚が「ノーパンしゃぶしゃぶ」で痴態を曝し合って、絆を深めるやつの安上がり版とも言えなくもありません。
だからといって、エアーコンプレッサーを当てっこするのが楽しいかって言えば、それは疑問です。
また、この事件では同性愛的なニュアンスがまったく感じられないというのもミソなのですが、それは加害者2人に過度な幼児性が感じられるからです。四十過ぎても、人目につかない、タガのはずれたところでは、子供のままの大人が露出してくるというのはなんともグロテスクなものがあります。

これとまったく同種の事件は今年の7月にも起こっています。

『「悪ふざけだった」 バーベキュー中、知人の肛門に圧縮空気発射 直腸に穴あける 28歳男逮捕」

なんだか圧縮空気を手にすると、悪さをしたくなるものがあるのでしょうか?
ちょっとした危険物を手にすると、悪ふざけしてついつい人に向けてしまいたくなるというのは、気持ちとしてはわかりますが、許されないことです。
冗談ではすまされない、人の死を招くという事態が発生しているわけですから。
悪意のない死亡事故ほどやりきれないものはありません。
人間社会には、理性の働きで、昨日よりよい社会を目指そうとする本能があります。
それでも、理性的に行動することには、なんらかの羞恥が伴うということがあるものです。
そんなとき、あの少年達の小突き合いを冷ややかに見ていた少女の視線を思い起こすと、理知的に行動しろよ、と訴えかけてくるような気がするのです。
スマホの画面にばかり目がいって、人の視線が訴えかけてくるものに鈍感になっているところはあるでしょう。
みなさまは、今日、誰かの視線が訴えかけてくるものを感じたでしょうか?