東京荒川区で殺人事件発生 金銭トラブルで息子が母を殺す

事件発覚当初、ありきたりな一つ屋根の下の核爆発と思われた息子の母親殺しは、息子のあきれた行動と、事件の引き金となった母親のあまりにも身も蓋もない台詞に注目が集まり、ここまで陳腐な芝居はめったに観られるものではないと、ネット上の観衆を沸かせております。

12月15日10時頃、東京都荒川区荒川のマンションの一室で、母親の首を絞めて殺したとして、住所不定で無職の鈴木悠里容疑者(29)が逮捕されました。
その後の供述から、犯行に至る経緯・動機が明らかになってきます。

容疑者には消費者金融などで借金が200万円ほどあり、殺害された母親の道子さん(62)が容疑者のキャッシュカードを管理していました。
そこで容疑者は、

「カードを返してもらいにいったが、口論になった」

カードの管理をめぐって口論となった挙げ句、

「あんたなんか産むんじゃなかったと言われてかっとなった」
「母親を殺害後、キャッシュカードを奪い返すとすぐさま4万円を引き出し、パチンコで全額使い切った」と供述しています。

この事件のように、実際、対話する両者をともどもに地獄に導く会話法というのがあります。
「あんたなんか産むんじゃなかった!」
この言葉は、私の中にある怒りは、あなたの中にある怒りよりもずっと大きいんですということ主張しているけです。

ただでさえ憤りを抱えている上に、こんなことを言われた息子側は、こう答えるほかはありません。
「誰がてめえに生んでくれって頼んだんだよ!!」
これは永遠に終わらない水掛け論のスタートです。

「あんたを生むぐらいだったら、母さん生む前に死じゃえばよかった!!!」
火に油が注ぐ言葉です。

「ああ、そうかよ、だったら最初っから死んでてくれよ!!!!」
永遠に終わらない水掛け論に終止符が打たれました。

その後の容疑者の行動にも納得がいきます。
とにかく、自分の中にある怒りは、母さんの中にある怒りではなくて、借りを返してもらうとばかりに、キャッシュカードを奪い返し、すぐさま有り金をかっさらってパチンコ店に直行、その後、スッカラカンになってお縄になります。

この清々しいまでの通俗性が、ネガティブで知られるネット民をすら魅了するのでしょう。

親殺しの咎を背負った者は、残された時間で街にさまよい出て、自分を一番幸せにしてくれる場所を目指すことになります。
そして、その場所がパチンコ店でしかなかったことは、殺伐としたものを感じさせられますね。
そんな場所しか、彼に幸せを約束してくれる場所はなかったという事実から、目を逸らしてはいけないのです。

鈴木容疑者の姿は、25年前のある少年の姿に重なります。
将棋の森安九段刺殺事件です。

1993年11月23日、過度な受験勉強を強要する父を刺殺して、逃走した事件です。
中学一年の少年は、事件現場となった自宅からは約7キロ離れた、ゲームソフト店で発見・保護されました。

「父親を殺しておいて、おもちゃ屋かよ!」と、凶悪な犯行とファミコン屋というその落差に当惑し、ずいぶん波紋を呼んだ事件になります。
しかし、彼には、そこしか逃げ場がなかったのです。

自分を幸せにしてくれる場所はファミコン屋だけ。
数少ない選択肢の中から必死で選んだその場所を、それがどんなに貧しい、ちんけな、くだらない場所であっても否定してはいけません。

つい一週間ほど前にも、母親殺しの被告となった41歳の男が「1人でいられる『隅っこ』がほしい」と書き残し、自宅に火を放った供述をしておりました。
切ない境遇は、切ない幸せを求めることがありますから、その幸せを踏みにじってみたところで、うっぷん晴らしにもならないでしょう。

そんな場所しか、その人を幸せにしてあげられない現実とは何なのだろう?
と、そこに自分を重ね合わせれば、自分にもやはりたいした逃げ場は用意されてはいないことを知ることになるでしょう。

その場所が約束してくれる幸せは、本当に幸せに値するのか?
その問いかけは、やめてはいけないことだと思います。