49年前の3億円事件の真相とは?時効成立で未解決事件に

49年前の12月10に現金およそ3億円が奪われる事件が起きています。
東京芝浦電気の現金輸送車には、従業員のボーナスとして約3億円が積まれていました。白バイに変装した犯人に奪われてしまい、日本の事件ではかなり有名な事件です。

犯人は暴力を加えることなく、計画だけで3億円を奪い、完全犯罪を成功させています。
3億円盗まれた東京芝浦電気は、損害があったかというとそうでもなく、奪われた翌日に保険会社から支払われた保険金で従業員のボーナスをきちんと払っています。
また、その保険会社も保険をかけており、日本以外の保険会社からお金をもらっていることから直接被害を受けて日本人はいないといわれています。

そのため、「憎しみのない強盗」とこの事件は呼ばれています。その一方で、マスコミによる報道被害で自殺した人が1名、事件の捜査で過労し殉職した警察官が2名いるようです。
警察の捜査によって、容疑者に挙げられたのは11万人で捜査をした警察官は17万人、捜査にかかったお金はおよそ9億円以上といわれ、前例のない大捜査になりました。

しかし、1975年に公訴時効が成立、1988年に民事時効が成立したため捜査は終了し、日本の犯罪史に名を残す未解決事件になっています。
この事件をきっかけに、多額の金額を輸送するのは危険だという認識ができ、給料などの支給を振り込みにしたり、専門の訓練を受けた警備員が輸送したりする対策がとられています。

事件の発端は、1968年の12月6日に始まりました。当時の日本信託銀行国分寺支店長宛に、「7日の午後5時までに指定の場所へ500万持ってこないと自宅を爆破する」という脅迫状が届きました。
それは、未遂で終わりましたが、その4日後に脅迫を受けた支店から東京芝浦電気のボーナス3億円をのせた現金輸送車が、犯人が白バイに変装した警察に車を停められます。

運転手が「どうかしたか」と質問すると、犯人は「あなたの支店長宅が爆破され、このトラックにも爆弾があるかもしれない。調べさせてくれ」といって車体の下を調べ始めました。
脅迫状のことを知っていた銀行員たちは、素直に調べさせたようです。そして犯人は、隠し持っていた発炎筒に火をつけ「爆発するぞ!はやくにげろ!」と銀行員を非難させ、それから輸送車を運転して逃走しました。

警察は検問などを行ったが、当時は車の乗り換えを想定しておらず、犯人を捕まえることはできませんでした。