モントリオール理工科大学虐殺事件から28年 この事件の影響は?

1989年12月6日にカナダのモントリオールにあるモントリオール理工科大学で、男が半自動ライフルと狩猟用ナイフを使って28人を銃撃、14人を殺害し、自身が自殺をした事件から28年が経ちました。

犯人の男は大学の教室に入り、男性と女性に分けた後、女性の権利を拡張しようとする思想や運動に反対していることを伝え、その場にいた9人の女性を銃撃し、そのうち6人が亡くなっています。
その後犯人は、カフェテラスと別の教室に移動しながら、女性だけを銃撃して14人を殺害し、4人の男性と10人の女性に怪我を負わせて、犯行後自殺しました。

犯人は、生まれてから間もないときに父親から肉体的虐待を受け、それとともに徹底した女性軽蔑の考えも叩き込まれていました。
犯人が残したノートには、政治的な動機と女性の権利を拡張する思想や運動によって、自分の人生が台無しになったことが書かれています。
またノートには、犯人が殺したいと思っていたと思われる19人の女性の名前が表になっていたそうです。

この事件をうけ、カナダでは犯人の動機についてたくさんの議論が起きました。
多くのファミニスト団体や公的機関は、犯人の犯行を反ファミニストが行った女性に対する、社会的な暴力であるとしています。
事件があった日を「女性への暴力を記憶し、それに対して立ち上がる国民記念日」としています。

また、犯人が子どもの頃受けた虐待を強く言ったり、孤独な犯人が事件を起こしただけといって、社会問題ではないという人たちもいます。
コメンテーターの中には、メディアの暴力や貧困、孤立、差別、の増加について批判する人も出てきています。
この事件を受けて、カナダの銃規制は厳重になりました。この事件後におきる、ドーソン・カレッジ銃乱射事件の犠牲者を減らすことにつながったとされています。

この事件で怪我をしたり、事件を目撃した人達は、心身ともにさまざまな苦痛を受けています。生徒の中には自殺した人もいて、この事件がかかわったことによる苦しみが、自殺の理由になってしまったようです。
事件後、生存している方も少しは和らいでいるものの、まだ事件の影響は残っていると話しています。

この事件での警察の対応は、犠牲者の数を見れば分かるようにかなり批判されました。
ドーソン・カレッジ銃乱射事件では、緊急対応機関と連携し、適切な行動を取ることができ、犠牲者は女性1人でした。


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