ヤンキー5人がリンチ 男性焼殺 30年前 犬鳴トンネル工員焼殺事件 

30年前の昭和63年12月7日に、当時20歳のスチール製造工場で働いていた男性が、ヤンキーたちにリンチされた旧犬鳴トンネルで焼き殺されました。

12月7日、夕方仕事が終わり帰路についていたところ、旧犬鳴トンネル付近で赤信号のため停まっていたところをヤンキーに絡まれました。
ヤンキーは「女送るのに格好がつかんたい。車貸せ」といいました。被害者がそれを断ると、袋たたきのあと拉致、監禁や暴行を受けるなどしています。

1988年12月7日に犬鳴峠で、工員の梅山光一さんの焼死体が見つかっています。
警察は、少年5人のグループが被害者にガソリンをかけて焼き殺したと断定し、監禁と殺人で逮捕しました。
事件の発端は、赤信号で停まっていた被害者にヤンキーたちが「女を送るから、車を貸せ」といったことから始まりました。

当然、それを断った被害者でしたが、ヤンキーたちは逆上して暴行して拉致、その後も暴行を加えたようです。
ヤンキーのすきをついて、逃げ出した被害者でしたが、傷を負った状態で家を目指しました。
しかし、追ってきたヤンキーにつかまり、拉致されてしまいます。逃げ出したことに腹を立てたヤンキーたちは、被害者を苅田港に落とそうとしましたが、被害者はフェンスにしがみつき、必死に暴行に耐えました。

被害者の姿を見て、ヤンキーの一人が「もうやめよう」と言いましたが、主犯の男が事件の発覚を恐れ、「俺たちは共犯やからな」と脅し被害者を殺すことを決めます。被害者は、トランクに押し込められ、クランクやレンチによる暴行を受けました。
ヤンキーたちはまず、ダムに被害者を沈めようとしましたが、死体が浮いてきたら犯行がばれてしまうと思い、身元が分からないように焼き殺すことにします。

そして、人気のない旧犬鳴トンネルに向かいます。トンネルにつくと、ガソリンスタンドで調達したガソリンを被害者にかけました。
焼き殺される恐怖で悲鳴を上げた被害者は、またヤンキーのすきを見て、雑木林の中に逃げ込みました。
しかし、逃亡に失敗し、手足を縛られ頭を石で何度も殴られます。その血は、近くのガードレールまで飛んでいたそうです。
その後、まだ息がある被害者にガソリンをかけて、焼き殺しました。

ヤンキーたちはその後、居酒屋で「人を焼き殺したばい!!」とご機嫌に話していたようです。
被害者の死因は石で殴られたことによる出血死で、出血死するまで焼かれていたということになります。その痛みと苦しみは想像を絶します。

ヤンキーたちはつかまり裁判の結果、主犯の男は無期懲役の判決を受け、ほかの4人も有罪判決を受けています。


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